企業法務担当してる個人投資家が米朝共同声明をレビューしてみた

6月12日、トランプ大統領と金正恩委員長がシンガポールで歴史的な会談を実施し、共同声明を出しました。

僕の子供たちが小学校に入るころには、社会科の教科書や資料集にきっとトランプ大統領と金委員長の握手している写真が載るのでしょうね。

僕は当日会社でネットニュースを見ていたのですが、周りは誰もこれを話題にしている人はおらず、興味が薄れているのかなと思いました。

トランプ大統領の選挙日は、みんなで選挙速報見てやばいやばいと盛り上がってましたので。

今回の会談を受けて、当日の相場は急騰するという場面はなかったのですが、総じて概ね堅調に推移したという印象です。

ロケットマンとか老いぼれとかあれだけ罵っていたのに、こうやって会談が実施されるんだから世の中本当にわからないものです。

(まだ可能性はあるのかもしれませんが)僕は米朝戦争は必至だと思っていましたので、去年の4月頃に会社の窓がない会議室で夜遅くに会議していたとき、ふと、もしこの瞬間に核ミサイルが飛んで来たらどうしようと考えてしまい不安で冷や汗を滴らせたこともありました。

さて、今回の米朝共同声明を受けて、各メディアが様々なことを言っています。内容が伴わないとか韓国と北朝鮮の4月27日の板門店宣言から後退したとか、また完全かつ非可逆的で検証可能な核廃棄が盛り込まれていないとの意見があります。

実際にこれを報道している人やコメンテーターは、今回の共同声明の原文を見たのでしょうか?

もし見てないなら、コメントは一切差し控えてもらいたいものです。

共同声明の原文は、英語です。日本語訳も出ていますが、英語と日本語で正確に1対1に呼応する文言がないことも多いるので、こういうのは原文を読むのが実は1番内容が分かったりします。

日本語訳も、日経新聞が出しているものとNHKが出しているもので微妙に文言の訳が異なっており、理解したいなら自分で原文を読むに如くはなし。

投資家たるもの、メディアの情報に踊らされず、情報の原典に当たらねばなりませんので、今回、僕は原文を確認しました。

僕は仕事で企業法務に関与しており、英文契約書の作成や相手方企業から提示された英文契約書のレビューも業務で実施しています。

共同声明も、アメリカと北朝鮮の2国間の契約書です。

そのため、自分の経験を生かして、共同声明をレビューしたいと思います。具体的に、共同声明は、前文と4つの条文と後文の3部構成となっています。

中核となるのは中盤に規定されている4つの条文です。

これを引用して僕の翻訳を載せます。

なお素人の翻訳なので、プロの訳が気になる方はNHKがネットで全文訳を載せていますので、ご参照なさるといいと思います。

実際内容を見ると、条文はかなり短くて簡素なものです。

1. The United States and the DPRK commit to establish new U.S.-DPRK relations in accordance with the desire of the peoples of the two countries for peace and prosperity.

アメリカと北朝鮮は、平和と繁栄に向けられた2か国の国民の希望を踏まえ、2か国の新たな関係を構築することを約する。

2. The United States and the DPRK will join their efforts to build a lasting and stable peace regime on the Korean Peninsula.

アメリカと北朝鮮は、朝鮮半島の永続的かつ安定的な平和体制を構築する努力を共同して実施することを約する。

3. Reaffirming the April 27, 2018 Panmunjom Declaration, the DPRK commits to work toward complete denuclearization of the Korean Peninsula.

2018年4月27日付けの板門店宣言を再確認し、北朝鮮は、朝鮮半島の完全なる非核化に向けて取り組むことを約する。

4. The United States and the DPRK commit to recovering POW/MIA remains, including the immediate repatriation of those already identified.

アメリカと北朝鮮は、朝鮮戦争における戦時捕虜、戦闘中行方不明者の遺骨の回収を約する。なお、これには既に身元が特定された者の即時送還を含む。

First Draftはアメリカ

契約書の締結では、どちらがファーストドラフトを出すかはとても重要です。

基本的にはファーストドラフトの文書を基にして相手方が修正を加えたりレビューをすることになりますので、どうしてもファーストドラフトの内容に引っ張られます。

ファーストドラフトは好きなように作成したものを出せて、かつ相手方を自己の土俵に入れて交渉することを可能にします。

今回は、文書がハングルではなく英文であることからアメリカ側がドラフトをつくり、それを北朝鮮がレビューして実務者間で内容を固めたと推測します。

北朝鮮で国家間の声明文を英語でドラフトできる人物は限られるでしょうし、交渉力もアメリカのが圧倒的ですので、アメリカで間違いないでしょう。

ハングル併記でないところは北朝鮮が譲歩したのか

言語が異なる国間の契約書でもたまにあるのですが、2言語で契約書を作成することがあります。

同内容の英文と日本文を併記するといった具合です。

今回は、英文だけで、ハングルがないようです。英文とハングル両言語表記だと、より対等感が出るので、北朝鮮としてはそのほうが望ましいとは思いますが、北朝鮮側がハングルでの同内容を載せてくれと初めから言わなかったのか、途中で折れたのか経緯が気になります。

では具体的に共同声明の条文を見ていきます。

Section 1

The United States and the DPRK commit to establish new U.S.-DPRK relations in accordance with the desire of the peoples of the two countries for peace and prosperity.

アメリカと北朝鮮は、平和と繁栄に向けられた2か国の国民の希望を踏まえ、2か国の新たな関係を構築することを約する。

第1条の内容です。どうでしょう。具体的な義務付けは何もないですね。国民の思いをくみ取り、新たな関係を築きましょうと言っているだけです。双方の意気込みを示す、耳障りのいい無害な飾り言葉ですね。

なお、「新たな関係を築く」と言っていますが、どんな新たな関係を気づくかは言及がありません。

そのため、2か国の国民の希望の結果、対立的な関係になってもよいわけです。

何の具体的な法的拘束力もない条文です。

Section 2

The United States and the DPRK will join their efforts to build a lasting and stable peace regime on the Korean Peninsula.

アメリカと北朝鮮は、朝鮮半島の永続的かつ安定的な平和体制を構築する努力を共同して実施することを約する。

これは、一言でいえば朝鮮半島の平和のためにお互い頑張ろうという努力規定です。

ここも平和のために具体的に何を努力するのか記載はないです。

ここでは「努力」というのがポイントで、努力義務は通常の義務と違い、義務の程度は著しく弱いです。

なぜなら、努力さえすれば何ら契約違反はないからです。

ビジネスの契約書では、義務としては負いたくない場合に、努力義務に義務の程度を落とすことがあります。

要は、「平和のために自分なりにがんばったけど、他に優先する国内問題もあるし、お金もないし人も足りなかったから、平和にできなかったよ。でも一応頑張ったからね。努力はしたよ」とさえ言えれば結果違反はないのでよいわけです。

拘束力としては非常に弱いです。

ビジネスの契約書で、相手方の義務を努力義務にしたらそれはもう負けの場合が多いです。その義務はもはや達成してくれないものとしてあきらめるレベルです。

例えば、好きな人とデートする約束を契約書で定めるとします。

「甲は、2018年6月12日に、乙とデートしなければならない」

これが通常の義務です。デートしなければ、甲は契約違反となり損害賠償請求の対象となり得ます。

いっぽうでこれならどうでしょう。

「甲は、2018年6月12日に、乙とデートする努力をする義務を負う」

変な言葉ですね。デートしたかったんだけど、化粧の乗りがわるくて時間がかかって、気づいたらデートの時間が終わっていたの。でもね、デートするために私、準備がんばったんだから、努力はしたよね。

Section 3

Reaffirming the April 27, 2018 Panmunjom Declaration, the DPRK commits to work toward complete denuclearization of the Korean Peninsula.

2018年4月27日付けの板門店宣言を再確認し、北朝鮮は、朝鮮半島の完全なる非核化に向けて取り組むことを約する。

この条文が1番のポイントであり、また1番批判されているポイントではないでしょうか。

北朝鮮は、本条を根拠に非核化に取り組む義務を負いますとあります。

非核化の約束の根拠となるわけです。

ただ、英語の「work」との文言が微妙です、日経新聞は、これを「努力する」と解しているようですが、努力としてしまうと、Section 2の内容で述べたように過程において努力さえすればよく結果については何も責任を負いません。

誤解を招くことと「work」という文言のニュアンスからも、日経新聞の訳はミステイクのように思います。

NHKの訳は、「work」を「取り組む」と訳しており、僕はこちらが文意として適切だと考えます。

北朝鮮は完全な非核化の実施は約束していない?

Section 3の文言だけ読むと、北朝鮮が、完全なる非核化の達成という結果責任を負っているとまで言えるかは、微妙です。

完全なる非核化に「取り組む義務」は負っていますが、完全なる非核化を「達成する義務」までは負っていないと解釈することが可能だからです。

文言の揚げ足とりのようになってしまいますが、本当に非核化の達成を義務付けたいなら、「work」という微妙な文言を使わず、「accomplish」などの結果にコミットしてもらう文言に変えるべきでしょう。

当然アメリカ側のファーストドラフトはもっと厳しい文言であったと思いますが、ここはアメリカと北朝鮮間で使用する文言を巡って交渉があり、曖昧さを残すことができる「work」で妥結したのではないかと推測します。

Section 4

The United States and the DPRK commit to recovering POW/MIA remains, including the immediate repatriation of those already identified.

アメリカと北朝鮮は、朝鮮戦争における戦時捕虜、戦闘中行方不明者の遺骨の回収を約する。なお、これには既に身元が特定された者の即時送還を含む。

本条は、非核化とは直接関係ない内容です。朝鮮戦争で亡くなった方たちの遺骨が祖国に帰れることを願うばかりです。

北朝鮮の安全保障

共同声明の全文で、以下のような文言があります。

President Trump committed to provide security guarantees to the DPRK

トランプ大統領は、北朝鮮に対して安全保障を与えることを約す、とあります。

金正恩が求めていた、体制保障に関する内容です。

総括

以上述べたように、Section 1, 2はそもそも平和を希求するための美辞麗句を並べただけの枕言葉のようなものです。

内容がすっからかんなので、何も具体的なことは言っていません。ただ、これまで対立していた両国が関係構築を文言で約したことこそが偉大な成果なのだという考えもあると思います。

これは意義としてはその通りだと思います。

実務者レベルの協議で、より詳細なレベルまで今後落とせれば、実効性も伴ってくるだろうと思います。

Section 3も若干の解釈の曖昧性を残していますので、今後の詰めは当然必要でしょう。

今後具体的に詰めることは、共同声明の後文で記載されています。

結局今回の共同声明は、これまで対立していた2国が平和を希求する共同声明を出せるまでに関係が構築できたこと、また実効性に疑義が残るとはいえ、完全なる非核化への取り組みを北朝鮮に義務付けることができたことが成果といえそうです。

完全なる非核化へ必要なもの

よく米国が使用する「完全かつ不可逆的で検証可能な非核化」との文言は記載がありませんので、アメリカが今後どこまでこれにこだわるのか、また北朝鮮がこの文言を受け入れるのかが今後のポイントとなります。

加えて、北朝鮮の完全なる非核化を達成するためには、僕は時期のコミットとアメリカによる現地査察の受け入れが不可欠だと考えています。

当然アメリカ側はこれらの点も求めるでしょうから、北朝鮮の反応に注目していきたいです。

今は融和ムードですが、今後の交渉でこれらの点が妥結できないとまた関係性が悪化する懸念は潜在的に含んでいるものと考えるべきです。

非核化の時期のコミット

結局、いついつまでに非核化を達成しろと約束してもらわないと、非核化には取り組んでいるけど時間がかかるから作業の終了まではまだ猶予がほしいということになり、なあなあになってしまいます。従い、2020年までに非核化を達成するなどと、特定時期での作業完了の義務付けは必須でしょう。

アメリカによる現地査察

完全かつ不可逆かつ検証可能な廃棄がなされたかは、結局北朝鮮現地で確認しなければ、真相はわかりません。北朝鮮から、完全かつ不可逆的で検証可能な廃棄をしましたと報告だけ受けても、そんなの信じられませんからね。そのため、アメリカによる現地での査察が実施されないと、核を放棄したと宣言したにも関わらず実は隠し持っていたという事態を防止できません。

従い、核廃棄の証拠把握としての北朝鮮による制限を受けない現地査察は不可欠でしょう。

今回の米朝共同会談は、これまで激しくののしりあっていた2国が共同声明を発することができたというだけでもとても大きな前進です。今回は日付が6月12日と決まっており、お尻の決まった状態での交渉なので、成果として共同声明をとりあえず出すことが1番の目的で、細かな文言調整を突き詰めて実施する時間はなかったものと推測します。

そのため、双方にとってある程度当たり障りない文言での合意となることは想定内であり、内容に失望するという各メディアからの批判は的外れではないかと考えています。

今回の共同声明を出した今からが、本丸の交渉の開始でしょう。

また、結局日本が非核化の費用のほとんどを負担することになりそう(韓国に出す能力はあるのかな)です。

「外交の影響力が全くなく、いつも金だけ負担させられている日本」でいるのは、嘆かわしく思います。



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