中国企業との取引が年々増加している業界が多いことと思います。僕の業界でも同様です。
自分はバックオフィス部門なので、直接ビジネスの前線に出て相手方と事業を進めるといった経験はありませんが、数回だけ直接中国企業との会議に同席したことがあり、実際会った取引先の中国の方は皆紳士淑女のナイスな方たちでした。こうやって直接会えば人となりが分かるので穏やかにやり取りもできるのですが、書面やメールだけのやり取りとなると、時には穏やかに事が進まないこともあります。
中国企業と取引するための契約書のドラフトやレビューを担当することがあるのですが、国が異なるという事業もあり日本企業相手での契約交渉のやり取りとは異なる問題が発生し通常は骨を折ることが多いです。
よくニュースで、ある企業が中国に進出したとか、現地企業とパートナーシップを組んだとか話題になります。ニュースだけ聞くと華々しく期待が膨らみますが、そのようなニュースを聞くと僕が真っ先に想像するのはその案件を担当した法務担当者の苦労です。
中国企業との前例のない長文の契約書をドラフトする大変さ、長期に渡るストレスフルな契約交渉など、どれくらいのつらさと気苦労があったのだろうかと想像して自分も頭が重くなります。
そんな苦労の多い中国企業との契約書締結に向けたやり取りですが、後で述べるように中国企業にちょっとした親密感を持てる瞬間もあります。
言語は日本語にするか中国語にするか英語にするか
言語が異なる国と契約書を結ぶときは、まずどの言語を採用するかの問題があります。
当然自国言語のが有利なので日本語で契約書を作りたいのですが、それは相手も同じことなので、一定規模以上の中国企業と日本語で契約書を結べた案件は経験したことがないです。政府系企業とか、時価総額の大きな企業は、まずは中国語での契約書締結を要請されるパターンもあります。
実際に本当かどうかはわかりませんが、今まで外国企業と中国語以外で契約書を結んだことはないから中国語にしてくれとか普通に言われます。
ここでひるんではいけません。そんな時は、我が企業もこれまで中国企業と取引するときに日本語契約以外結んだことがないといって突っぱねましょう。実際中国語もわからないし中国語の契約書など対応不能なので、できないものはできません。
そういう交渉を経て、日本語も中国もだめだったらもう残りの候補言語は1つになります。公平性の観点から第三国言語で最も世界で使用されている言語、すなわち世界最強の経済力・軍事力を有する覇権国家が使用している英語が採用され、英文契約書で契約を締結することになります。
ファーストドラフトはどちらが作成するか
契約書の締結においては、契約書のファーストドラフトを出す方が有利な立場で交渉ができます。
野球で言えば、ファーストドラフトを出す方がホームグラウンド、出されるほうがビジターグランドです。
相手方への最低限の気は遣いますが自由に内容をドラフトできるため、たいていのケースは自分の企業に有利な条件を盛り込んだ契約書を作成します。相手方は嫌でもこの土俵にのって交渉しなければなりませんので、初めからアウェイです。
中国企業は後で述べるように絶対にファーストドラフトを自分から出してくるアメリカ企業と異なり、僕が経験した中では割とそちらからドラストしてくれという企業も多いです。自分でドラフトしないくせに、やたら早期提示を催促されることもあります。
法務担当者としては、長文の英文契約書のドラフトほど時間がかかって面倒くさい案件はないので、本当に勘弁してくださいどうかそちらでドラフトを用意してくださいと心の底から思うのですが、しぶしぶと拙い英語で、過去の英文契約書をいろいろと持ち出して今回の契約書で使えるフレーズはないかと悩みながら、ドラフト作成にとりかかります。ドラフトはまだできないのか今日中に用意しないと先方が怒っているしお金の支払い時期になってしまうなどとフロントの担当部署からもありがたい催促をたびたび受けながら契約書案を必死につくります。
アメリカ企業の場合
一定規模以上のアメリカ企業になると、ファーストドラフトはほぼ必ずアメリカ企業側から提示してきます。そちらのが有利ですからね。自己のドラフト案以外は受け入れません。自分の契約上の「権利」は最大限に、取引先の日本企業の契約上の「義務」は最大限にと、とてもアンバランスないじめのような契約書が普通に提示されます。そんな契約書にそのままサインしてしまっている日本企業も多いのではないでしょうか。
僕がアメリカ企業の強みを感じるのはここです。
アメリカの大企業の英文契約書の内容は本当に半端ないです。
契約リスク回避の観点から最大限自分を守り、自分の権利だけを声高に記載し、取引先の権利は最小限、そして取引先の義務だけしっかりと記載する。
いずれ機会があれば具体的に記事で書くかもしれませんが、信頼関係を重視する日本企業にはおよそできないような、取引先をモノとしてしか思っていないような血も涙もない徹底的に自己に有利になるような一方通行に合理的な内容の契約書です。
無慈悲なまでの利潤追求と狡猾さ、完膚なきまでの自己リスクの最小化が散りばめられたえぐい契約書の内容を見ると(表現は少し誇張入ってます)、法務面からのアメリカ企業の優位性を感ぜずにはいられ ません。本当に恐れ入ります。どうか株主にしてもらって私の企業から搾取したお金を私に分けて下さい。
アメリカは日本と比較して弁護士資格を取得する敷居が低く、弁護士の数も日本に比べてとても多いです。日本のバブル絶頂期に経済発展を続ける日本の現状をみて、弁護士数がやたら多いアメリカは経済発展に資さない弁護士に人的資源を割き過ぎではないかという議論が生まれたと聞いたことがありますが、完全武装された隙のない契約書を様々なアメリカ企業から見せられると、「攻めの法務」といいますか、法務業務がしっかりできる人間が数多く存在し、それらの人間がアメリカの各企業にいることで、アメリカ企業全体としてのディフェンス力を伴う経営力が強化される結果になっていると思います。法務面から事業リスクをマネージメントできるのは、やはり強みだと思います。
中国企業との英文契約書のやり取りでほんわり
中国企業とのやり取りの話の戻りますが、どちらかがドラフトした英文契約書の内容をめぐって、ここから長い契約交渉が始まります。こんな条件飲めないとか、この条項を削除してくれとかこう修正してくれとか、自企業の権利を守りリスクを回避するための契約書の修正のやり取りです。
このやり取りの過程で、僕は中国企業の担当者に親近感を抱くことがあります。
契約書の修正交渉は、通常はワードの契約書の文面を履歴付きで相互に修正してやりとりをします。そのため、相互の修正が重なると修正箇所の色が乱れた大変見にくいファイルになります。
英文契約書なので、契約書の本文は相互に英語で修正し合うのですが、相手方中国企業の法務担当者が修正した英文の文脈がおかしかったり、文意が通じない時がたまにあるのです。
文脈から言いたいことは何となくわかるけど、ちょっと表現の仕方がおかしいのではないか、といった具合に、自分の英語読解力不足なのではなく、どう考えても相手方の英語力不足に起因したちょっとおかしな文言に巡り会うことがあります。無味乾燥で無機質なワード文書の、その先にいる会ったことのない人間に人間味を感じられる出来事です。
味のない氷だけのかき氷に、ひとすじのはちみつが垂らされたような瞬間です。
相手方担当者への親密感が花開きます。英語をネイティブにしないアジア人同士のやり取りに独特の事象でしょうね。自分は苦しい思いをして英文契約書をつくったが、相手方の法務担当者も苦労して英作文しているんだなという背景に触れて、お互いその言 語に不自由なのになぜこんなに一生懸命になって英語で契約書を締結しようとしているんだろうという矛盾が露出しますが、いっぽうで妙な連帯感が(一方的に)生まれ、その後のやり取りでも以前ほどいらいらしなくなる不思議です。
大変な仕事ですね。考えたこともありませんでした。
勉強になりました。