不倫や薬の使用で芸能人は企業からTVCM契約を解除され直接損害賠償請求されるのか?【現役法務部員が教えるタレントCM契約の中身】

芸能人による不倫や麻薬といった薬物使用によって、テレビCMやドラマ・映画を降板されるといった事件が後を絶ちません。

個人的には木村拓哉さんが主演し、ピエール瀧さんが主要キャラとして出演しているPS4ソフト、「キムタクが如く」こと「JUDGE EYES:死神の遺言」(セガ)の「羽村のカシラ」の差し替えは非常に残念でした。

羽村のカシラはこの人しかいないというはまり役な感じだったので、差替えは本当に誰得の話なんだと思わざるを得ない。

最近では沢尻エリカさんの薬物使用が大きくニュースに取り上げられています。

大河ドラマの撮り直しとかCMの放送中止とか、影響が大きいです。

野球選手とかスポーツ選手だと脱税したり不倫してもその後活躍して数字を見せれば全日本代表になったり普通に監督になれたりしていますが、テレビに出る仕事だと厳しいんですね。

この手のニュースがでると、よくヤフーニュースなどで不祥事をした芸能人とクライアント企業との契約金がいくらで、いくらの違約金とか損害賠償を請求されるといった記事が出ます。

毎回思いますが、この手の記事って信憑性あるんでしょうか。いやないでしょう。

僕は一部上場企業の法務部員として広告代理店とのテレビコマーシャルやタレントが関わってくる業務に関する契約書も実際に見ていますので、こういった不祥事が発生した場合に実際はどう処理されるのかを、ざっくりと書いていきたいと思います。

テレビCM契約の座組/ 企業はタレントと直接契約しない

まずはテレビCMを例にとって、当事者間でどのような契約が結ばれているのかを説明します。

企業はCMを打つときは、直接芸能事務所と契約を交わすということはほとんどしません。

この辺りは大手広告代理店の仕切りであるという業界の慣習です。

大多数のケースでは間に電通や博報堂といった大手広告代理店を挟み、直接の契約は大手広告代理店と交わします。

間に媒介者として入る大手広告代理店は、クライアント企業とタレント事務所とそれぞれダイレクトリーに契約を結びます。

例えば、企業→電通←タレント事務所といった構図です。

なので、お金の動きとしては、まずはクライアント企業から電通などの広告代理店に入り、その後、広告代理店が手数料を抜き取った金額をタレント事務所に支払うという流れになります。

さらにその後、タレント事務所が事務所分のお金を中抜きしたあとに、タレントに事務所からフィーが支払われます。

企業がタレント事務所に直接支払うことはほぼありません。

広告代理店が中抜きしている手数料率は案件によっても違うしブラックボックスなのでわかりませんが、10%とか20%とか、案件によってだいたいの基準はあるんだろうと思います。

ギャラの定義ってなに?

よく、ある芸能人のCMのギャラ1本いくらとか記事ででますが、いつも思うのは、この「ギャラ」の定義ってなに?という話です。

というのは、先に述べたように広告契約を取り巻く当事者は多く、お金の動きも複数の当事者を媒介するので一直線ではありません。

ギャラというのは、

  1. 「企業から大手広告代理店に払う広告代理店の手数料を含むお金」なのか、
  2. 「手数料を抜いたあとに大手広告代理店からタレント事務所に支払われるお金」なのか、
  3. 「広告代理店と事務所の手数料を抜いたあとに最後にタレント個人に事務所から支払われるお金」なのか、

いろんな段階があるわけです。

当然ニュース記事や週刊誌の記事は読者の気を引きインパクトを強めるために大きな数字を使いたがりますので、1番大きい金額となる「クライアント企業から広告代理店に支払われる金額」を指していると思われますが、この金額がそのままタレント個人に支払われることは先に述べてきたようにありえません。

テレビCMのギャラが仮に1億でも、それから電通に5000万円抜かれ、その後事務所に4000万円抜かれ、最後の1000万がタレントに入る、といった流れになります(金額は適当です)。

タレント個人のギャラを確定するには、「広告代理店の手数料率」と、「事務所とタレント間のギャラの按分割合」を特定しないことには算出不可能です。

前者はブラックボックスですし、事務所とタレント間のギャラの配分は、事務所とタレント間の契約内容によって決まります。

最近は吉本興業のニュースでもあったように、事務所とタレントとでしっかり書面で契約を結ぶようにするという動きがあるようですね。

タレントが固定給だと、いくらタレントが大きな仕事を持ってきて大金が入っても、固定給以上のお金はもらえませんし、出来高払い・成果報酬のような性格の契約だと、多くの割合のお金がタレントに入るということになるのでしょう。

以上から、クライアント企業の払うお金のすべてが芸能人個人の財布に入ることはあり得ませんので、この手の記事の情報で芸能人っていいなあと思うのはお門違いというわけです(それでも稼いでいる人はかなりの金額稼いでいると思いますが)。

また、一概に広告といっても、テレビCM、ラジオCM、ウェブCM、SNSでのCM、ポスターでの広告、イベント参加による広告と、いろんな媒体でいろんな方法で広告を打ちます。

こういった各形態ごとに単価があり、それら単価や契約期間など様々な変数によってギャラの数字は変動しますので、一律にこの芸能人のギャラはいくらと決定するのはまず不可能です。

ギャラの漏洩は重大な契約違反

記事で独り歩きするギャラって、いったい誰からの情報だろうとよく思います。

フリーの記者や週刊誌の記者があほな読者をばかにして数字を勝手に捏造しているならよいのですが、仮にギャラの金額が正確な金額だと、重大な問題が生じます。

秘密情報の漏洩という契約違反の問題です。

契約書の内容には通常秘密保持条項が定められ、契約内容は秘密情報であり契約当事者はこれを遵守する義務を負います。

ギャラの金額も契約当事者間で漏洩してはならない秘密情報です。

当然こういった情報にアクセスできる人間も限られた人間になるはずです。そうでないとむしろやばいです。

なので、もし企業や広告代理店や芸能事務所の中の社員がこの金額を外部に漏らすと、契約内容の漏洩となり完全に契約書違反になります。

漏洩した個人が所属する企業は相手方に対して責任を負いますし、漏らした個人は営業秘密の漏洩として社内で懲戒処分の対象になるでしょう。

そんなリスクを負ってギャラの情報を漏らす勇気は普通の人には怖くてないと思います。

広告業界・芸能界はそんなしっかりした業界じゃないよと反論されるとそうなのねとしか言えません。

タレントが不倫した場合はクライント企業は契約解除できるのか?

幸いなことに?自企業がこれに該当し契約解除をした事例に当たったことがないのであくまで契約書の書面上ではどうなるのかという話をしていきます。

契約書に、「不倫した場合は契約解除できる」とはっきり書いてあれば当然解除できますが、通常のケースではそこまで具体的に解除事由を書いていないパターンが圧倒的に多いと想定されます。

解除できる場合として、以下のようなケースを定めるパターンが多いでしょう。

  • 法令に違反した場合
  • 信頼関係を崩壊させる場合
  • 公序良俗に反する行為をした場合
  • クライアント企業のイメージや品位を傷つける行為をした場合
  • 契約書の業務の実施に重大な支障が生じた場合

これらは、契約書のテンプレ的な決まり文句な表現です、こういった内容で抽象的に書いてあるパターンが多い印象です。

不倫の場合は民事上は慰謝料の支払いなどのさまざまな問題が発生しますが、昔の姦通罪のように刑事的に起訴されて罰則を受けるということはないので「法令違反」に該当するかは若干微妙ではありますが、上に書いたような内容に複合的に該当し契約解除可能と考えるのが自然かと思います。

大麻などの薬物使用は完全に法令違反ですので、一発アウトで即刻契約解除可能でしょう。

なお広告契約は広告代理店から契約書のドラフトをもらうパターンが多く、広告代理店の案では「タレントが不倫などの不貞行為をしたときに契約解除できる」とはっきり書いてあるものは見たことがありません。

ただ、昨今の世間を賑わす不祥事を受けて、他の会社で同じように法務部で仕事をしている知り合いが、広告代理店に対して「タレントが不倫をしたときは解除可能」と明確に文言を修正してそれを飲ませたと言っていたので、そういう例も増えていくのでしょうね。

タレントは清廉性が要求されますね。

既婚者だったら不倫とわかりやすいですが、独身の人が二股、三股、四股とかをして世間を騒がせたときにどうするか、微妙にグレーゾーンですね。

なお、タレントの妊娠や出産で契約解除できるという文言は見たこともないですしありえません。

個人の人格権に関することですので制限はできません(ブラックなところは知りません・・)。

クライアント企業からの損害賠償請求でタレントは破産するのか?

みなさんが1番気になるのはこの部分ではないでしょうか。

ニュースで報道される金額は、5億とか10億とか、個人で払うには多大な負担がかかる金額です。損害金の負担のために芸能人が持ち家を売ったという本当かどうかわからないニュースもあります。

華々しく活躍していた芸能人が、企業から損害賠償を受けて破産して転落し落ちぶれていく様に、ざまあみろと少し気が晴れる気分になる人もいるかもしれません。

これも企業がタレント個人に損害賠償を請求した例を身近に見たことがありませんので自分の想像の範囲にすぎませんが、契約書上はこうなるのじゃないかなという話です。

結論として、企業がタレント個人に損賠賠償請求するケースは、ほとんど考えられないのではと思われます。

かといって、タレント個人が何も金銭負担を負わないのかといえば、そうではありません。

関係当事者の契約関係から、企業はタレント個人には請求はしないだろうという話です。

前のほうに述べたように、クライアント企業と直接の契約関係にあるのは、事務所やタレント個人ではなく、広告代理店です。

ですので、クライアント企業に契約上の責任を負うのは、直接の契約関係にある広告代理店なんです。

「タレントをCM出演させる契約義務」を負っていた広告代理店が、当該業務の履行が不可能になったわけです。

そうなると、クライアント企業に発生する損害金を一次的に支払う義務を負うのは、広告代理店です。

仮にクライアント企業に1億円の損害が発生した場合は、次のような流れになるでしょう。

  1. 大手広告代理店からまずクライアントに1億円の損害を補償する
  2. その後、広告代理店が、自己が払った損害金を、問題を起こしたタレントを抱える芸能事務所に請求する
  3. 芸能事務所が1億を広告代理店に支払ったあと、その1億円を芸能事務所が所属タレント個人に請求する

損害賠償金のお金の流れは、当初の契約金のお金の流れと逆ルートになるということです。

実際に事務所がタレントに請求するかどうかは、事務所とタレントの関係性にもよってくるでしょう。

これまでたくさん稼いでくれたし、タレントを自分の息子や娘のように思い育ててきた親分肌の社長だと、損害金はすべて事務所で飲んでタレント自身には負担を負わせないというところもあり得ると思います。

逆に、事務所にとんでもない損害を与えてけしからん、筋道通してしっかり種銭そろえて補償してもらうという事務所もあると思うので、ここは完全にケースバイケースになるでしょう。

ネット記事などは、タレント本人が全額払うとか、事務所とタレントで折半するとかいろんな内容を見ますが、それはあくまでクライアント企業や広告代理店に損害を補填した後の事後処理のステージの話であり、タレント個人に支払う意思があるかどうかにかかわらず、先に支払い義務を負うのはタレント個人ではなく契約主体である芸能事務所である、となります。

これはテレビCMの契約でも、映画やドラマの契約でも同じです。

テレビ局や映画の製作委員会と契約するのもタレント個人ではなく事務所なので、ドラマや映画の降板で撮り直しが発生したり、上映が取りやめになったり、DVDが発売できなくなったり市場から関連商品を回収したりといったことから発生する損害は、直接の契約主体である芸能事務所が負うべき立場にあり、タレント個人ではありません。

タレント個人の金銭負担は、これも同じようにその後の事務所とタレントの2者間のその後の話となります。

以上、長くなったので最後にポイントをまとめてみます。

  • タレントが出演するテレビCM契約は、クライアント企業は広告代理店と直接契約しており、芸能事務所やタレント個人は企業と直接には契約していない。したがい、クライアント企業への直接の責任は広告代理店が負う。そのための広告代理店
  • ネットニュースでよく見る「ギャラ」は、広告代理店や事務所に中抜きされる前の金額であり、全額がタレント個人の財布に入ることはない
  • 不倫や薬物の使用によりクライアント企業がCM契約を解除することは可能。発生した損害に対する損害賠償請求も可能
  • クライアント企業の損害賠償金の一次的な請求先は契約相手の広告代理店
  • タレント個人が破産するのは、賠償金を負担した所属芸能事務所から多額の損害請求請求(求償)された場合

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