有史以来、様々な独裁者が世界に誕生しました。
独裁者という言葉から真っ先に連想される人物は、ドイツのアドルフ・ヒトラーでしょう(実際はもっとひどい独裁者はごまんといると思いますが)。
ヒトラーといえば、ナチス(国民社会主義ドイツ労働者党)の党首として、国内では人権弾圧政治を敢行し民衆を弾圧し、ユダヤ人絶滅という例を見ないホロコースト政策を推進し、第二次世界大戦を勃発させた悪の人物と見做されることが多いことと思います。
しかし、有史以来これほど民衆に支持された独裁者が他にはいないこともまた事実でしょう。
ヒトラーは、国民を弾圧して暴力によって独裁者になったのではなく、圧倒的な大衆の支持を背景に合法的に独裁体制を確立しました。
また、大戦期に軍人によるヒトラー暗殺計画が実行されたことがありましたが(トム・クルーズ主演映画「ワルキューレ」に詳しいです)、一般大衆レベルでの暗殺事件などは発生していませんし、大戦中も民衆による反乱などは発生しませんでした。
何も知らないいたいけな民衆はヒトラーに騙されて、また弾圧されて戦争に突入したから何も罪はない、すべてはヒトラーが悪かったというのは簡単ですが、そのヒトラーをカリスマとして圧倒的に支持して誕生させ大戦末期まで支持したのもまた民衆です。
特に女性からの支持は凄まじく、ヒトラーを支持する女性たちがヒトラーに花束を渡す映像などはこの種のドキュメンタリーをつくるときにはよく使用されています。
なぜヒトラーは大衆の圧倒的な支持を得ていたのでしょうか。
それは、一言で言えばヒトラー政権が民衆にとって大変魅力的な政権であり、実際上のメリットをもたらしていたからです。
ヒトラーは、「「民族共同体」という情緒的な概念を用いて「絆」を創り出」し、「国民の歓心を買うべく経済的・社会的な実利を提供」しました。
その意味で、「ナチ体制は単なる暴力的な専制統治ではなく、多くの人びとを体制の受益者、積極的な担い手とする一種の「合意独裁」を目指し」たのです(「」での引用は後掲参考文献からの引用)。
大衆がヒトラーを支持した理由を理解するには、1930年代のドイツの情勢を理解するのが不可欠です。
ドイツは、第一次世界大戦で敗北しました。
大戦で多大な損害を被りドイツ憎しとするフランスの恨みもあり、大戦後のヴェルサイユ体制で、ドイツは戦勝国に多大な賠償金を支払う義務を負います。
領土も奪われ、再度軍事的脅威とならないよう軍備も大幅に制限されます。
このドイツに対する戦勝国の露骨な報復措置が、後にヒトラーを生んだとする考えもあります。
さらに、世界大恐慌によって、「持てる国」であるアメリカ・イギリスなどは自国の経済回復を最優先しそれぞれ経済ブロックを形成します。
世界恐慌による不況による失業者が増加し、社会不安が高まり国民は苦境します。
こういった状況を救世主のごとく打破していったのがヒトラーだったわけです。
雇用を安定させ、ヴェルサイユ体制克服による大国ドイツの実現を果たしました。
失業問題の解消
1932年にドイツには557万人の失業者がいましたが、ヒトラーは1933年に政権についてから4年で、失業問題を克服しました。
同じく世界大恐慌で苦しみ排他的なブロック経済圏を設定した持てる国アメリカ、イギリス、フランスよりも早く失業問題を解決しました。
アウトバーン等の公共事業による雇用の直接的な創出や企業減税措置を実施し間接的な雇用創出政策を実施します。
徴兵制度の実施も失業者数の減少に貢献しました。軍事目的による失業対策です。
また、労働市場における女性労働者を減少させる政策を講じます。
ドイツでは第一次大戦後に女性の社会進出が進んでいましたが、ヒトラーは、「女性の活躍」からの解放を目指し、女性の主戦場を家庭に置こうとします。
目的達成のための制度つくりも実施し、結婚奨励貸付金制度を導入します。
これは、結婚し家庭に入り、就労しないことを条件に一定金額の貸付を受けることができるという制度で、出産した子どもの数に応じて返済金額が免除されるという仕組みでした(4人出産で完全に免除)。これにより、失業者の減少と出生率向上を図ります。
1934年には、夫婦の共働きを禁止する法令が制定されました。
外交の天才/ドイツ民族の統合
ヴェルサイユ体制を克服しドイツ人の鬱憤を解放する外交的な手腕も国民の喝采を浴びます。
住民の大多数がドイツ人であるフランスとの国境沿いのザール地方のドイツへの復帰、ラインラント進駐、オーストリア併合などを実施し、「ドイツ民族統合」を果たしていき外交の天才の名をほしいままにします。
このあたりは、先の大戦での従軍慰安婦や虐殺といった諸問題に加えて領土問題でも争いのタネを抱える中韓に対して一切譲歩せずに、国益を貫き日本の正当性を承認させ、またロシアからの北方領土返還を電撃的に成功させるカリスマ的な指導者を日本国民が熱狂的に支持する場面を想像するとイメージしやすいと思います。
ユダヤ人迫害により実利を受けるドイツ国民
ヒトラーによるユダヤ人の迫害に対しての民衆の反応ですが、ドイツ国内のほとんどの人が抗議や反発の声を上げませんでした。
当時ドイツでユダヤ人は1%以下というマイノリティでしたが、多数のドイツ人にとっては大きな関心を抱く問題でもなかったのです。
ユダヤ人排斥を拒む民意の形成はなされませんでした。
実際問題として、ユダヤ人迫害によって、ドイツ国民は「実利」を受ける構造にいました。
同僚のユダヤ人がいなくなれば職場で出世するし、ユダヤ人の立派な屋敷に住むことができるし、ユダヤ人の家財や宝石を手に入れることができるといった具合に、ユダヤ人の排斥で何らかの実利を得ているケースが多かったのです。
いわば「共犯者」です。
国外退去を迫られるユダヤ人に対しても、当時の列強は、受入れに対して皆消極的でした。アメリカは難民受け入れを拒む世論が強く、英仏も受入れはできないとの意向を示し、カナダ、オーストラリアも受入れを拒否しています。
スイスに至っては、ユダヤ人の不法入国を防ぐためにドイツのユダヤ人のパスポートにユダヤ人であることを示す「J」の文字を押すよう要請しています(実際に実現しました)。
ニートや常習犯罪者を強制収容所に連行し国民の好評を買う
ヒトラーは優等人種たるドイツアーリア人の純血を唱え、混交による人種的堕落を防ぎアーリア人だけの民族共同体を目指していましたが、さらにアーリア人の中でも健全で優れた者以外を異端者として排斥しています。
例えば、定職につかず規律に従わない者(今でいうフリーターやニートでしょうか)、矯正不能の常習犯罪者、同性愛者などです。
これらの者を捉え隔離したり、反社会的分子としてホームレス・非行少年も強制収容所に連行されています。
横暴で専制的だと思うでしょうが、当時のドイツ国民の大多数はこれらの措置によって、治安が良くなった、街から怪しい人がいなくなって安心したといった好感情を抱いていたのです。
バターも大砲も/大戦中も国民の生活水準維持に尽力
基本的にドイツは日本同様、資源や資材に乏しい「持たざる国」です。
日本は大戦中、国民生活を犠牲にしても軍事最優先の政策をとりました。「バターより大砲を」の政策です。
どんなに国民が腹を空かせても、嗜好品や娯楽を奪っても軍事への資源投入を最優先しました。
いっぽうで、ドイツの大戦中の政策はこれと対照的です。
ドイツは、「バターも大砲も」という政策をとります。
大戦末期に至るまで、ドイツは戦争中の国民の生活水準維持に最大限の努力を払っています。そのため、ドイツ人の生活水準は、大戦末期まで落ちていないのです。
これは、第一次大戦で国民が大戦による不満から革命を起こして政権が転覆したことの反省からです。ドイツは、軍事力の劣勢で第一次大戦に負けたのではなく、国内内部の反乱によって負けたのです。
ヒトラーは、国民の生活水準の切り下げや生活の困窮から不満を持ち内乱が発生するのを恐れていました。
もっとも、男は兵士として前線に送られますので、ただでさえ労働者不足となりますし、戦争経済で生活用品のための資源も不足します。
そういった労働者不足や資源不足を、ドイツ国民に負担を強いずに解消するには、他国から労働力と資源を収奪するしか方法はありません。
実際、ドイツは東欧の占領地やソ連では徹底的な収奪を行いました。戦争捕虜に重労働を行わせ、食料品等の資源を奪っていきます。
労働計画も、ソ連軍の捕虜を前提に計画していましたので、大戦も中期~後期になると予定数の捕虜が得られず、苦しくなっていきます。
ドイツ国民の戦中の高水準の生活は、このように占領地経済の収奪によって支えられていました。そのため、戦争に負けることはこうしたドイツ人の特権的な地位の一切を奪われることを意味しますので、この意味でも体制側の「受益者」となっていました。
女性と子供に真摯なヒトラー
ヒトラーの女性関係について記していきます。
ヒトラーは自殺直前にエファ・ブラウンと結婚しましたが、それまではずっと独身でした。
エファ・ブラウンとの関係も国民には一切を秘匿しています。
彼自身は、結婚することが支持の源泉であった女性票を失うことを恐れていたことから、独身を貫いていたと言われています。
ヒトラーは、女性と子どもにはとても紳士的な人物でした。
イメージ戦略として宣伝相ゲッペルスに負うところもあるのでしょうが、実際にゲッペルスの6人の子どもたちを非常に可愛がり、よくゲッペルスに、子どもたちのことを話すように求めていたようです。
そして子どもたちも、ヒトラーおじさんのことを慕っていました。
彼自身には子どもがいなかったことから、第一次大戦の戦闘時(ヒトラーは第一次大戦に兵士として参加しています)での負傷により生殖能力を喪失していたという説もありますが、真偽のほどは分かりません。
エファには、自分で満足できない場合は他の男性と関係を持っても良いとする発言をしたとの記録が残っています。
独裁者のイメージとは裏腹に女性関係については、山本五十六のように複数人の愛人をかくまったり、豊臣秀吉のように片っ端から自分の気に入った女性を側に置くといったことをせず、誠実で紳士でした。
また、たばこも吸わず酒も飲まない採食主義者だったため、ヒトラーの前でたばこを吸うのは厳禁でした。
このあたりは、映画「ヒトラー最期の12日間」に、隠れてこそこそと部下や秘書がたばこを吸うシーンが描かれていたように思います。
物事というのは、常に多面性があります。独裁者だから悪い人物、大衆は常に被害者で何も悪くない、だと思考停止で終わってしまいます。
ホロコーストの責任者でユダヤ人絶滅を先導した人物が、家庭では家族に優しい良き夫・良き父であることとは何ら矛盾しません。
また、戦勝国の指導者であった戦争屋ルーズベルトと帝国主義者チャーチルの正ではない面に目を向けると、これまで見えなかった事実が見えてきたりします。
本記事におけるヒトラーに関する記述は、以下の著書を参考にしています。オススメです。
(石田勇治「ヒトラーとナチス・ドイツ」講談社新書,2015)
石田先生はドイツ近現代史が専門の東大教授で、教養学部の駒場時代に実際に講義を受けていました。
ナチ体制を、ヒトラーの単頭支配ではなく、ヒトラー傘下の多数のサブリーダーによる多頭支配として捉える考え方が印象に残っています。
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