【オススメ本】「経済学者たちの日米開戦」なぜ日本はアメリカに勝てないと知りながら日米開戦の意思決定をしたのか?

以前東洋経済か何かの経済紙の書評で読み、いずれ読みたいと思ってストックしていた牧野邦昭著「経済学者たちの日米開戦」(新潮選書)を読みました。

歴史好きな人、特に昭和初期の日本史が好きな人には大変おすすめできる良著です。

戦争史が好きな人には、これ以上ないくらいの娯楽本にもなります。

周りに本書の感想を言える人もいないので、ブログで読後の感情を解放します。

本書は、なぜ日本の指導者は日米間の国力差を正確に把握し勝てないと知っていながら、勝てる勝算のほぼない日米開戦という意思決定をしてしまったのかを経済学的な学問を使って解明していくというのが主題です。

著者は軍事研究家ではなく経済学者なので、詳細な史実の分析に基づいて最後は軍事的な観点からではなく(それでも軍事的な知識もかなり身に付きます)、行動経済学(プロスペクト理論)と社会心理学(集団意思決定)の見地から意思決定の過程を検証します。

もっとも、僕はその部分よりも、主題の前提となる当時の調査機関の驚くべき正確性を伴った調査結果や日本指導部の認識、北進論と南進論の議論の中で北進論を採用できない具体的な根拠、同盟国である日本とドイツの間での悲しくなるくらいの連携の悪さ、当初予想を遥かに上回ったアメリカの造船力など、自分が知らなかった歴史的史実のダイナミズムに相当に知的好奇心をそそられました。

日本は情報収集を重視しておりアメリカ・イギリス・ドイツの国力を正確に把握していた

今の私たちの視点から見れば、資源がなく重工業も立ち遅れていた日本が、アメリカとイギリスに宣戦布告したのは、極めて不合理な愚かな選択に見えてしまいます。

加えて、世間一般には、戦前期あるいは戦中期の日本(日本の軍組織)は、過度な精神主義が重視されており、日米間の経済力や軍事力の差を精査しない、あるいは分かっていても無視した行動がとられていたと思われがちです。

著者は、このような「日本(軍)は、は情報を軽視し愚かで非合理だから、日本を破滅に導く日米開戦という非合理な意思決定を行った」という定式を丁寧な歴史的事実の検証を踏まえて否定します。

むしろ、日本陸軍は情報分析を重視しており、当時の一流の経済学者や地理学者等の各方面の学者を招致して、各国の国力分析を実施していました。

陸軍省戦争経済研究班という組織なのですが、中心人物の名前を取り「秋丸機関」という名称で呼ばれていた組織です。

その分析力たるや後世から見ると驚嘆すべきもので、仮想敵国であったアメリカ・イギリス・ソ連や同盟国のドイツの戦力(本書では「経済抗戦力」という表現が使用されています)を極めて正確に分析しています。

アメリカについては、彼我の経済抗戦力の格差が20対1(鉄鋼生産力を基に算出)という埋めがたい差が存在することが報告されています。

秋丸機関によるドイツの分析

秋丸機関の最終報告が上がったのは独ソ戦勃発後の1941年なのですが、例えば、ドイツについては概要以下のように分析しています。

  1. 独ソ開戦前の国際情勢を前提とすると、ドイツの経済抗戦力は1941年一杯で最高点とし、1942年より次第に低下する。
  2. ドイツは今後対イギリス・アメリカの長期戦に耐えるためには、ソ連の生産力の利用が絶対条件になる。対ソ戦が2か月くらいの短期戦で終了しすぐにソ連の生産力の利用が可能になるか、それとも独ソ戦が長期化するかによって、本大戦の運命が決定される。
  3. 対ソ戦が長期化しドイツの経済抗戦力の消耗をきたせば、対英米長期戦遂行は全く不可能となる。

さらに、日本の取るべき道として、南方に進出しドイツの不足する資源を獲得し(生産戦争・資源戦争)、ヨーロッパと東亜の貿易路を確保するためにインド洋海路を確保する必要があるとします。

その後の史実に合致した分析で、表向きに認識されていない我が国の情報機関のレベルの高さに驚かされます。

なお秋丸機関の中心人物の一人であった当時の慶應義塾大学教授武村忠雄は、独ソ戦の経過から英米の第二戦線の結成についても正確に予測していました。

アメリカに勝てないことは、常識だった

本書を読んで驚いたのが、日米の国力に圧倒的な差異があり、まともに戦っても勝てないということは、当時の雑誌にも記載されるような、指導部だけが機密情報で保持していたものではなくて、公知情報として国民の間でも一定程度共通認識として共有された知識であったということです。

当時の研究者の日米の経済力の日米の比率は以下のように報告されています。

製鋼能力 1対20
石油産出力 1対数百
石炭産出力 1対10
電力 1対6
アルミニューム 1対3〜6
飛行機の生産計画量 1対5
自動車生産量 1対50
船舶保有量 1対2
工業労務者 1対5

また、本書で深堀りしている秋丸機関だけではなくて、他にも他国国力の研究機関や調査部門・組織は存在していました。そのすべての報告が、日米開戦の結果は、非常に高い確率において、圧倒的な国力の差異で日本の致命的な敗北が濃厚とするものです。

日本に有利な展開としては、非常に低い確率ではありますが、イギリスの屈服によるアメリカの交戦戦意喪失による講和締結という結果を想定していました。

ただこれは、地理的にどうしてもドイツ頼みという他力本願の事象となります。

日本の指導者は、対米戦をしても勝てないということは皆わかっていたのです。

東条英機などは、繰り返し指示する日米戦のシミュレーション結果が毎回日本の大敗で、同じような報告ばかりなので聞く前からもうわかったから言わなくてよいという状態だったようです。

結局日本は、当時8割をアメリカに依存していた中でのアメリカ側の対日石油禁輸措置により国内の石油の備蓄が2年を切る中で、石油が切れて国内の産業が死滅し国力が崩壊していくのを待つよりは、アメリカを屈服させる方法がないままに、「ただドイツの勝利に望みをかけ、イギリスが屈服すればアメリカも戦争継続の意思を失くすだろうという他力本願が頼みの綱」(「昭和史」(岩波新書)P208より引用)で開戦したことになります。

日米開戦決定を行動経済学と社会心理学で解明

著者は、逆説的ではありますが、開戦すれば高い確率で日本が敗北するという指摘自体が、逆にだからこそ低い確率に賭けてリスクをとってでも開戦しなければないないという意思決定の材料になってしまったと考えています。

プロスペクト理論に基づけば、各研究・調査によって日本の取りうる選択肢が明らかになればなるほど、合理的に考えれば開戦は無謀ではあるが、それらが「現状維持よりも開戦したほうがまだ僅かながらに可能性がある」というリスク選好的な選択をする材料になってしまったとします。

プロスペクト理論とは、細かく原理から説明する力がないのですが、一言で言えば人間は損失を被る時にはリスク選好的になるという行動経済学の理論です。

開戦前の日本の選択肢とその結果は、以下の3パターンになります。1と2①は結果はアメリカに屈服で、2②だけが非常に低い確率ですが日本に有利な結果です。

1・開戦しない場合→アメリカの石油輸出禁止措置で2年後に国力喪失し屈服

2・開戦する場合

①高確率で完敗、屈服

②非常に低い確率で(ドイツによる)イギリス屈服が成功しアメリカの交戦意欲喪失、有利な講和

もう1つの根拠として、当時日本は(今も昔もですが)協力なリーダーシップを発揮する人物がおらず集団意思決定を実施しており(東条英機は独裁者ではありません。日本は陸軍、海軍、政府と多様なステークホルダーが意思決定に参加するシステムでした)、そのために結論が極端になる意思決定をしてしまったというものです。

リスキーシフトといい、社会心理学では、個人が意思決定を行うよりも集団が意思決定を行ったほうがより極端な意思決定な為されやすいと研究されているようです。

僕は経済学と社会心理学に明るくないので理解が浅い部分はありますが、視点としては非常に優れたものであると思うものの、論理の飛躍を感じ著者のこれらの分析にはあまり説得力を感じませんでした。

最後の日米開戦の意思決定の理由を述べる前提となるところまでは、百数十ページを用いて本当に丁寧に史実や過去の文献に沿って話を展開しているのですが、本箇所は深堀りがなく、既に学問で確立している定式を、対象の個別具体的な事情を考慮しないでそのままストレートに当てはめて議論している感があります。

すべての事情を理解した上でリスク選好的な決定をしたというよりは、本書を読んでいると日本には事実上開戦するしか選択肢がなかったという結論のが自分の腑に落ちます。

開戦しないと石油が尽きて2年で戦闘機も戦艦も動かせなくなり産業も衰え国力が死滅するし、対米強硬派が圧倒的主流だった世論(朝日新聞は反米一色でした)の中で開戦しないという意思決定をすると、クーデターが起き国が混乱に陥ると本気で考えられていた時代情勢でした。

また、集団は極端な意思決定をしやすいというのは、一般論としてはそうであっても、各集団の性格や性質によっても変わるでしょうし、深く議論するなら日米開戦の意思決定に参与した人物で構成された集団の性格を具体的に解明する必要があるように思います。

総論として本当に丁寧な本です

本書は膨大な資料や文献を悉く丁寧に分析しており、これが著者の発言に圧倒的な説得力を増しています。

それも、ただ参考文献として無批判に引用しているだけではなく、逐一検証を加えています。

例えば、当時の日米間の経済力の研究に関与した中心人物の回顧的な発言についてもそれをそのまま是のものとして採用せず、歴史的な事実を元にして当該発言が誤解や誤りを含んでいることも指摘する場面などがあります。

著者の精緻な分析に頭が下がります。もう1度読み直したいと思える本です。

より以前の時代情勢から日本が太平洋戦争に突入する過程を扱った良書として、東大教授の歴史学者である加藤陽子著の『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社)がありますが、「経済学者たちの日米開戦」のがオススメです。

今年1番の本でした。

 



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