書評「組織の不条理-日本軍の失敗に学ぶ」〜組織は合理的だから失敗する

「組織の不条理-日本軍の失敗に学ぶ」(菊澤研宗/ 中公文庫)を読みました。

はしがきを読んでみると、佐藤優氏や勝間和代氏が賞賛している本のようです。

副題にもありますが、本書は、日本軍がなぜ失敗したかを分析する本です。

主張を一言でいうと、日本軍は非合理だったのではなく、合理的であったがゆえに失敗したというものです。非常に興味深い論法です。

著者は経済分野の学者なので、「取引コスト理論」「エージェンシー理論」「所有権理論」といった経済理論に基づいて事例の分析をしていきます。

この手の本で1番有名なのは、小池百合子東京都知事も愛読している「失敗の本質」でしょう。

しかし本書は、「失敗の本質」とは異なったアプローチで日本軍の失敗を分析します。

「失敗の本質」は、日本軍の組織にそもそも不合理な構造があり、合理的なアメリカ軍と対比してその不合理性ゆえに負けたのだという分析ですが、本書は、そもそも人間は完全に合理的なものではない。「限定合理性」の立場で記述を展開します。

後世の我々は、すべての情報を持ったうえで当時の日本軍の行動を後追いで分析することができます。

結果として日本はアメリカに大敗しましたので、後世の後知恵によって当時の日本はすべてが不合理だったと結論付けようと思えば簡単にできてしまうわけです。すべてが問題点ばかりになるでしょう。

しかしながら、人間は完全に合理的ではあり得ません。

現在の視点から見れば不条理に映る行動も、当時の当事者の立場に立てば、合理的な行動の集積であったわけです。

当時の時代における限られた情報の中で、当時の考えにおいては最も「合理的」であると思われる行動の蓄積によってそのような結果になったのです。

著者は、「失敗の本質」で展開されたような、完全な情報を保持している後世の視点からの、すなわち「神の目」から見て当時の日本軍は不合理だったと断罪することを回避します。

例えば、現在ホットなテーマである新型コロナ・ウイルスですが、後追いの視点から見ると日本においては「緊急事態宣言」や「休業の自粛」など全く不要であったわけです。

後世の視点からみれば致命的な失策で甚だ不合理な政策でした。過剰な政策で経済を殺しただけだったわけです。

日本の新型コロナ・ウイルスの死亡者は700人ほどで、致死率は0.01%とかそのくらいです。

42万人死亡するという「8割おじさん」がいましたが、悲しいかなたまたま政府の委託を受けてしまった専門家の理論が完全に実態に合わず破綻していたわけです。どうあがいても一向に感染者も死者数も爆発的に増えないわけです。

日本人にとっては殺人ウイルスではなく、もはやただの風邪だったわけです。

今の焦点は、なぜ日本、台湾をはじめとするアジア諸国ではこれほど感染者・死亡者数が少なくて耐性があり、欧米では桁違いに感染者・死亡者数が多いのか、その原因は何なのかです。人種的な差異なのか生活習慣なのか選ばれし民なのか。

ちなみにアメリカの死亡者数は8万人、イタリアは3万人にものぼります。桁が全く違います。

スウェーデンはロックダウン政策をとりませんでしたが、感染率や致死率がロックダウンをした欧州諸国よりも高いかいえば全然そうではなくて、ロックダウンの有用性についても疑問が生じている状況です。

致死率0.01%のウイルス相手に全面的に経済を殺して、後世の視点から見ると本当にあほの極みでした。

コロナ自粛に賛同したりメディアの報道でコロナが怖いと思った人は、「第二次大戦期の日本は不条理だった」なんて後知恵で言う資格は全くないわけです。今の時代で自分こそ不条理の片棒を担っていたんですから。

でもしょうがない。だって人間はもともと合理的じゃないし、当事者の立場に立てば合理的な行動をしていたんだから。そう考えるわけですね。

本書では、事例分析の対象として、「ガダルカナルの戦い」「インパール作戦」「硫黄島の戦い」「沖縄の戦い」を扱います。

前者2つの戦闘は日本人として哀しくなるような敗北を喫した戦いです。後者2つは、戦いにこそ敗れましたが、米軍の当初想定をはるかに上回る被害を与え、戦術的には高い評価をされている大戦末期での戦いです。著者は後者2つの戦いを、従来の陸軍の戦術を現状に合わせて撤回し、新戦術を採用した「不条理を回避した戦い」として扱っています。

さて本書に対する私の感想ですが、視点や着眼点は非常に参考になるものの、分析やあてはめが非常に薄くて弱いと感じます。

著者は、経済学者で軍事史の専門家ではありません。

歴史学者や戦史研究家が読むような一次資料を自分で丹念に読み込むということはおそらくしておらず、二次資料しか読んでいないことが参考資料を見るとわかります。経済学者なのでそれはしょうがないです。

ただ結果として、軍事史を細かく知っている人にとっては、対象としている戦闘の経緯や記述があまりに単純化されすぎており、正確な事実の記載になっていないと感じます。

例えば、日本陸軍の敗戦のターニングポイントとなったと言われているガダルカナル島での戦いですが、著者はこれを、「戦車や重火器で重武装したアメリカ軍に対して、銃剣突撃の白兵戦を3回も敢行して敗退した日本軍」というあまりに単純化・局所化しすぎた文脈で記載しています。

しかし、ガダルカナルの戦いに敗れた原因を詳細に検討すれば、それこそ多重的、複層的な構造になるわけです。銃剣突撃したことだけが敗れた原因ではありません。

情報戦での敗退、陸軍と海軍との稚拙な情報疎通、科学技術の差、戦略なき戦線の拡大、持久戦の視点の欠落、補給の軽視、潜水艦という兵器の運用の稚拙さなどなど、あげればきりがありません。

著者が本書を著作した当時流行していた、アメリカの学者が考えた当時最先端の経済理論を、結論ありきでそのまま流用して日本軍の単純化して捨象した行動に上辺だけ当てはめてみた感がとてもします。

説得力がないです。事象のある一面だけ切り取ればそういえないこともないよなという程度感しか感じません。

私は第二次大戦の戦史が好きなタイプですので、正直戦争を扱っている箇所は、著者が記載する歴史的事実に対してつっこみどころが結構あり破綻していると感じました。

日本以外の記述でも、「第二次大戦中はドイツはゲンルマン魂なるものがあり、そのような精神を持たないユダヤ人は利己的で存在価値がないという理由で虐殺された」とあるのですが、本当でしょうか。

ユダヤ人虐殺の理由についてはそれこそヒトラー個人の思想に由来すると考える学説や、誰もユダヤ人に興味なかったのに結果としてなぜか虐殺されたと考える説など、いろいろな考えがありますので、こんな断定的に単純化して記載できない内容です。

ということで歴史的な記述に関しては鵜呑みにするのは危険な箇所がありますのでご注意ください。

その点で、経済学者や軍事史に詳しい専門家、異業種の専門家を交えて詳細に分析している「失敗の本質」と比較して説得力が致命的に劣ると言わざるを得ません。

僕はどちらか一冊を選ぶなら「失敗の本質」のほうが勝っていると考えます。

後半のほうでは企業や団体に生じる不条理現象を扱っており、「ガダルカナル化したシャープの失敗」「インパール化している東京オリンピックの開催費用問題」「占領統治に失敗した東芝の凋落」など、版が新しくなったのに合わせて最近の事例を分析しているので、こちらはかなり参考になりました。

人間の本質は変わらないので、結局人間のすることなんて、未来は懐かしく、過去は新しいと表現できます。

著者の専門性が生きている分野で、むしろこちらのほうが読んでいて面白かったです。

東京五輪の予算は、当初7400億円だったのが、予算に対して無責任な集団の集まりの結果もはや3兆円になっており、まったく当初の見込みが的はずれになっています。

インパール作戦を批判する日本人が現代でも東京五輪予算でインパール作戦化しているのは非常に興味深いです。コロナによる延期費用も結局日本人負担でしょうからね。泥沼化して誰も撤退できないですね。

時は流れ歴史は繰り返すとはよく言ったものです。

小池知事は「失敗の本質」が愛読書らしいので、ぜひその本に記載されている日本軍の「不合理さ」を研究して、現代の行政にも生かしてほしいですが、自身は不合理なことばかりしかできていませんね。

視点や考えは参考になるものの、具体的な事例研究・あてはめのレベルになってくると説得力に欠ける、そんなタイプの本でした。

女性の圧倒的支持を得たヒトラー/なぜ大衆はヒトラーを絶対的に支持したのか?【合意独裁】

【オススメ本】「経済学者たちの日米開戦」なぜ日本はアメリカに勝てないと知りながら日米開戦の意思決定をしたのか?