アメリカ企業といえば「株主至上主義」の文化が根付いているとよく言われます。
企業には、従業員、顧客、取引先、社会など、様々なステークホルダーがいますが、とにもかくにも企業は株主を1番優先して行動するという考えです。
会社が稼いだ利益を配当や自社株買いで株主に還元し、株価を上げることができないCEOは無能として罷免され新たなCEOが任命されます。業績が悪化しても株主への配当金を減額する前に、従業員を整理解雇し、株主に損失を与えるのを避けようとします。
経営者は常に株主の利益を第一に考えて企業を運営します。
企業は社長のものではなく株主のもので、株主こそが企業のオーナーなのです。
これが日本企業だと、経営者は株主の方を見て企業経営を実施しない企業がほとんどです。
日本は労働法上の解雇権濫用法理で労働者の解雇が著しく制限され、まだ終身雇用が前提の社会なので、株主よりは従業員を見て企業が経営されているケースが多いです。
日本だと、「企業は誰のものか?」という問いに対して、「株主のもの」と答えられる人は少ないのではないでしょうか。
会社法上は株主のものでも、企業は社会の公器であり、株主の金儲けのためだけに存在するなんてけしからんという思いを持っている人が多数派だと思われます。
こういった株主軽視の思想は業績が悪くなると真っ先に株主への配当金が減額されたり、増資によって株式価値が希釈化し既存株主が損失を被るという形で現実化します。
最近でも日産自動車の減配の事例がありました。
【65%減配】営業利益85%減の日産自動車の減配にみる高配当株投資の難しさ
投資家として、株主を大事にする国とそうでない国どちらに投資したいかと言われれば、当然株主利益を重視する制度や文化が存在する国でしょう。
そのため、株主至上主義が根付いているアメリカ企業に投資することが投資家としては一般的な最適解となります。
労働者として働くには解雇されない日本のがいいですけどね。
ただ最近意外だったのが、アメリカの株主至上主義は長い歴史があると思っていたのですが、実はまだまだ歴史は浅く、たった40年ほど前の1980年代から始まった動きだということです。
これはちくま新書から出ている「会社の値段」(森生明 著)という本を読んで知りました。もう13年前の本です。
この本によると、アメリカの企業は以下のような変遷を経ています。
- オーナー一族の経営の時代:資本主義の原型で、ロックフェラーやモルガンなど、創業者一族が企業経営をした時代。オーナーがそのまま株主
- 所有と経営の分離:20世紀初頭からの「プロ経営者」の誕生。経営素人の株主よりも、専門家のプロ経営者に企業経営を委託した方が合理的との思想から、経営テクノクラートが創業者一族に変わって会社を支配するようになる
- 経営者の横暴:プロ経営者が株主利益を無視して横暴的な経営、M&Aなどを繰り返し行き詰まる。企業価値を棄損
- 1980年代以降の株主の復権:機関投資家やファンドの台頭により、プロ経営者の株主利益無視の企業経営から、透明なコーポレートガバナンスを備えた株主の利益を重視する経営へ
アメリカに資本主義が生まれた時からずっと株主は企業のステークホルダーの中で最も高次の存在と扱われているものとばかり思っていました。
しかしこうして歴史の変遷を見ると、企業の所有者ではないプロ経営者が企業を支配し、株主が軽視されていた時代もかなり長かったことがわかります。
この時期は、「素人の株主はエリートである経営者がすることを黙って見ていろ」という状況です。
今の(昔もですが)日本に近いですね。
これは米ソ冷戦という時代背景もあり、エリートが集権的に支配するソ連共産主義に対抗するために、企業は経営専門家に任せるべきとの発想もあったようです。
それが、経営者が強くなりすぎて、会社の金を経営者が無駄使いしたり無駄なM&Aなどをして株価に悪影響が出て株主価値を棄損する弊害が強くなってくると、今度は株主が経営者をしっかりと監視して、会社は株主の利益を第一に考えるべきだという勢力が優勢になってきます。
機関投資家や投資ファンドといった物言う株主の存在の高まりもこの流れを強くしていきます。
民主党の政策の弊害が出て共産党に変わり、共産党の政策の弊害が強くなりまた民主党に変わるのと同じように、物事は振り子のように一方の軸からもう一方の軸に揺れることを繰り返しますので、今の時代背景では当然だと思われている株主第一主義も、将来にわたってこの思想が持続する保証はなく、たった40年の歴史しかない脆い思想に過ぎないことがわかります。
つい最近も、アメリカの経団連に該当する団体が、「株主第一主義を放棄する」という声明を出しニュースになりました。
アメリカ企業の株主第一主義は崩壊するのか?JTの4Sモデルと一緒【ビジネス・ラウンドテーブルの声明文全訳付き】
要は株主第一主義が株主利益に資するという結果を伴わなくなってきたら、株主第一主義は徐々に放棄されていくでしょう。
一般に株主は短期的な株価上昇を求めがちで、遠い将来に種をまく基礎研究的な活動よりも、手っ取り早く株価が上昇する経営方針に懐柔されがちです。
短期的で狭い視野しか持たない株主に経営が影響され、株主のプレッシャーで経営陣が近視眼的な経営しかしなくなると、長期的なアメリカ企業の競争力が失われるという意見が時代の変化で再度優勢になることも十分に考えられます。
中国のGDPが2030年までにアメリカを抜いて世界NO.1になると云う予測もありますが、例えば、株主利益なんて考えない共産党の中央集権的な企業経営によって中国企業がどんどん力をつけてきて国際的な競争力を強めアメリカ企業を圧倒していき、アメリカ企業が国際的な競争力を弱めていったら、アメリカ企業が中国企業に負け始めたのは株主の力が強すぎて経営の足かせになっているからだと世論形成され、「中国に覇権を取られそうな時に自分の金儲けしか考えていない株主はけしからん、黙ってろ」となって経済覇権を取り戻すために株主至上主義が後退していくなんてことは、ありうるシナリオではないかと考えます。
もちろんすぐにアメリカの株主至上主義が後退するとは思えませんが、アメリカは資本主義の権化で、現在の株主至上主義は将来もずっと存続すると自明のように考えるのは歴史の変遷を見ると危険であることがわかります。